セキュリティに詳しい職員がいなくても、良い質問を投げることはできます。そして質問さえ適切であれば、返ってきた回答から事業者の実態はかなり見えます。逆に、質問が曖昧であれば、どれだけ丁寧な事業者でも曖昧な回答しか返せません。
本記事は、医療機関がシステム事業者に投げる質問を、そのまま使える形でまとめたものです。5つの領域について、それぞれの質問に「なぜ聞くのか」「良い回答」「危うい回答」を付けました。この記事の表をコピーして、提案依頼や既存委託先の棚卸にお使いいただけます。
質問を体系的なチェックシートに仕立てる方法は ベンダーへのセキュリティチェックシート、仕様書への落とし込みは 医療情報システムの調達要件にセキュリティを入れる で扱っています。本記事は、その前段——会議の席や提案依頼の質問欄で、口頭でも投げられる形を目指しています。
免責:本記事は一般的な情報提供です。「危うい回答」はあくまで追加確認を要するサインであり、それ自体が事業者の不適格を意味するものではありません。ガイドラインの要求事項は厚生労働省および経済産業省・総務省の公表資料が正本です。
この質問リストの使い方
3つだけ、前提を共有させてください。
1. 「危うい回答」=失格ではない
危うい回答は、その場で深掘りすべきサインです。たとえば「アクセスできるのは2名です」という回答は、少人数で管理が行き届いているのか、共有アカウントで実態が見えていないのかで意味が正反対になります。表の右列は、次の質問を出すためのトリガーとして使ってください。
2. 回答者を記録する
誰が答えたかで回答の重みが変わります。営業担当の推測なのか、技術部門が確認した回答なのか。口頭で聞いた場合も、後日書面での回答を依頼しておくと、認識の齟齬が減ります。
3. 回答を契約に反映させる
質問して終わりにすると、翌年から回答が形式的になります。「アクセス可能者は5名」「通知は検知から2時間以内」と答えたなら、それを仕様書や覚書に転記してください。回答が契約になると知った事業者は、書けないことを書かなくなります。
1. 体制と責任者について聞く
| 質問 | なぜ聞くのか | 良い回答 | 危うい回答 |
|---|---|---|---|
| 情報セキュリティの責任者の役職名と、専任/兼任の別を教えてください | 責任者が不在・名目上の組織では、意思決定が現場任せになる | 役職名が具体的で、担当範囲を説明できる | 「社長が兼務しています」だけで、実務を誰が見ているか答えられない |
| 社内規程の名称と最終改定年月を教えてください | 規程が何年も更新されていなければ、実態と乖離している可能性がある | 直近2〜3年以内の改定があり、改定理由を説明できる | 「規程はあります」で名称も改定時期も出てこない |
| 直近1年の従業員教育の実施回数・対象者数・受講率を教えてください | 「実施しています」と「全員が受けている」は別 | 回数・人数・受講率を数字で答える | 「年1回やっています」で受講率が分からない |
| 保有する認証の名称・認証番号・適用範囲・有効期限を教えてください | 認証書の適用範囲が本社の管理部門だけ、というケースは実在する | 認証書の写しを提示し、御院の案件が範囲内であることを説明できる | ロゴだけ示し、適用範囲を聞くと確認に時間がかかる |
| 従業員の退職時に、当院データへのアクセス権を削除するまでの標準日数を教えてください | 退職者アカウントの残存は典型的なリスク | 「申請ベースで即日、月次で棚卸」など手順が具体的 | 「都度対応しています」で日数も確認方法も出てこない |
認証については、保有の有無より適用範囲を必ず確認してください。基盤クラウドの認証を自社の証明として提示する提案書も実際にあります。認証の仕組みと適用範囲の考え方は ISMS(ISO/IEC 27001)とは、ISMS適用範囲の決め方 をご覧ください。
2. データの所在と取扱いについて聞く
| 質問 | なぜ聞くのか | 良い回答 | 危うい回答 |
|---|---|---|---|
| 当院のデータが保存される国・地域を、本番・バックアップ・ログの3つについて教えてください | 3つが別の場所にあることがある。冗長化で海外リージョンを使う構成は珍しくない | 3つそれぞれについてリージョン名を即答できる | 「国内です」で3つの区別を聞き返される |
| 本番環境を操作する要員の所在国を教えてください | データが国内でも、操作する人が海外なら実質的なアクセスは越境する | 運用体制の所在を明示し、海外拠点があればその範囲を説明する | 「データは国内なので問題ありません」と論点をずらす |
| 当院のデータにアクセスできる貴社の従業員は何名ですか。役割別に教えてください | 「何名か」は誤魔化しにくく、他社と比較できる | 役割別の人数を答え、権限の粒度も説明できる | 「限られた者だけです」で人数が出てこない/共有アカウント運用 |
| 本番環境の管理者権限を持つのは何名で、共有アカウントはありますか | 共有アカウントがあれば、誰が操作したか事後に特定できない | 個人アカウントで運用し、特権操作を記録していると説明できる | 共有アカウントの存在を認めつつ、記録の仕組みがない |
| 保守・障害調査のために、当院のデータを貴社環境に複製することはありますか | 開発環境へのコピーは頻繁にあるが、手順化されていないことが多い | 原則禁止、または申請・承認・期限・作業後削除の手順がある | 「必要に応じて」で手順が定まっていない |
| 保存時・通信時の暗号化について、有無と方式を教えてください | 「暗号化しています」だけでは範囲が分からない | 対象(DB・ファイル・バックアップ)と方式を分けて答える | 「暗号化しています」で対象範囲を聞くと曖昧になる |
3行目の人数を聞く質問は、この記事で最も費用対効果が高い質問です。5名と答える事業者と40名と答える事業者では、リスクの性質が違います。そして人数を即答できること自体が、アクセス権を管理している証拠になります。
外部保存の制度面については 医療情報の外部保存の要件、クラウド特有の論点は クラウド事業者の選定基準 をご覧ください。
3. インシデント時の対応について聞く
| 質問 | なぜ聞くのか | 良い回答 | 危うい回答 |
|---|---|---|---|
| 平日夜間・休日を含む緊急連絡先と、一次応答までの目標時間を教えてください | 医療は24時間365日。日中しか繋がらない体制では実務にならない | 時間帯別の連絡先と応答目標を提示できる | 「サポートセンターへご連絡ください」で夜間・休日の扱いが不明 |
| 貴社側でインシデントを検知した場合、当院への通知はいつ、どの経路で行われますか | 通知が遅れると、院内の初動が丸ごと遅れる | 検知からの時間目標と経路(電話・メール等)を答える | 「速やかにご連絡します」で時間の基準がない |
| **当院に通知するインシデントの範囲(基準)**を教えてください | 何をインシデントと呼ぶかが事業者の裁量だと、報道で知ることになりかねない | 即時/当日/定期報告の3段階などで基準を説明できる | 「重大なものはご連絡します」で重大の定義がない |
| システム停止時のRTO(復旧目標時間)とRPO(復旧目標時点)を教えてください | RPOは「何時間分のカルテを書き直すか」という現場の問題 | 数値で答え、その前提(バックアップ頻度)も説明できる | 稼働率だけを示し、RTO/RPOを聞くと持ち帰りになる |
| ランサムウェア等でシステムが停止した場合、稼働率の計算対象に含まれますか | 多くのSLAで除外されている。最も困る事象が保証外という構造 | 除外条項の有無を明示し、その場合の対応も説明できる | 「不可抗力は除きます」で範囲を説明しない |
| インシデント対応の訓練を実施していますか。直近の実施年月と内容を教えてください | 手順書があることと、動けることは別 | 実施年月と内容(机上訓練/実機)を具体的に答える | 「手順書はあります」で訓練の実績が出てこない |
3行目の通知の基準は、この領域で最も重要な質問です。「重大なものはご連絡します」という回答は、重大かどうかの判断が事業者側にあるという意味です。不正アクセスの試行を検知した段階で知らせるのか、実害が確認されてからなのか——ここを契約前に合意しておかないと、御院が事態を知るタイミングを事業者に委ねることになります。
SLAの設計は SLAと責任分界の書き方、院内側の備えは 医療機関のインシデント対応計画 で扱っています。
4. 委託・再委託について聞く
| 質問 | なぜ聞くのか | 良い回答 | 危うい回答 |
|---|---|---|---|
| 本件業務で再委託を行いますか。クラウドサービスの利用を含めて教えてください | この一言がないと、基盤クラウドや監視SaaSが「再委託なし」に化ける | 基盤・監視・開発・サポートを層ごとに説明できる | 「再委託はありません」で、後からクラウド利用が判明する |
| 再委託先の名称・所在国・委託する業務内容を教えてください | 名前が出てこない委託先は、管理されていない可能性がある | 名称と役割を具体的に答える | 「パートナー企業です」で名称を出さない |
| 再委託先に対して、貴社はどのような方法で安全管理措置を確認していますか | 確認の方法がなければ、再委託は管理の断絶点になる | 契約条項+年次のチェックシート等、方法を説明できる | 「信頼できる会社です」で確認方法が出てこない |
| 再委託先を変更する場合、当院への事前通知は可能ですか | 契約期間中に委託先が変わる。通知がなければ把握が途切れる | 事前通知を契約条項にすることに応じる | 「都度お知らせします」で条項化を渋る |
| ソフトウェアの開発・保守を行う拠点の所在国を教えてください | オフショア開発では、開発環境に本番データを入れない運用が特に重要 | 拠点を明示し、本番データの扱いを説明できる | 拠点を答えるが、本番データとの接点を聞くと曖昧になる |
「クラウドサービスの利用を含めて」の一文が、この領域の質問の質を決めます。これがないと、多くの事業者は自社の判断で「再委託」の範囲を狭く解釈します。悪意ではなく、業界の慣行としてクラウド利用を再委託と呼ばない文化があるためです。連鎖全体の見方は 医療機関のサプライチェーンリスク にまとめました。
5. 契約終了時について聞く
| 質問 | なぜ聞くのか | 良い回答 | 危うい回答 |
|---|---|---|---|
| 契約終了時に、当院のデータをどの形式で返還できますか | 独自形式のみだと、次期システムへの移行に変換工程が加わる | 標準規格またはCSV等での出力が可能と答える | 「当社形式でのエクスポートになります」のみ |
| 返還の範囲に、添付ファイル・画像・監査ログは含まれますか | 診療データ本体だけ返ってきて、添付が残るケースがある | 範囲を明示し、含まれないものがあれば理由を説明する | 「データ一式です」で範囲の内訳が出てこない |
| 返還作業は有償ですか。有償の場合、算定方法を教えてください | 更改時に高額な返還費用を提示されると、交渉力を失う | 無償または算定基準を事前に提示できる | 「その時点でお見積りします」 |
| 後継事業者への技術的な説明やデータ仕様の開示に応じますか | 移行の成否は、旧事業者の協力度で決まる | 協力範囲を契約に書くことに応じる | 「対応可能な範囲で」 |
| 返還後、当院データの消去はいつ完了しますか。バックアップを含めて教えてください | 本番から消えてもバックアップには残る。ここが抜けやすい | 世代の巡回期間を含めた完了時期を答える | 「速やかに消去します」でバックアップの扱いが不明 |
| 消去の完了を証明する書面を発行できますか | 個人情報の取扱いを説明する際の根拠資料になる | 証明書の発行に応じる | 「記録は残しますが書面は出していません」 |
この領域の質問は、導入の検討段階で聞くことに意味があります。更改が近づいてから聞いても、条件を変える余地はほとんど残っていません。移行時のリスクは 電子カルテ更新時のセキュリティ要件、移行の実務は 電子カルテのデータ移行ガイド をご覧ください。
回答を比較するときの視点
複数の事業者から回答が返ってきたら、点数化する前に次の観点で並べてください。
| 観点 | 見るポイント |
|---|---|
| 即答できたか | その場で数字が出る項目は、日常的に管理されている可能性が高い |
| 持ち帰りの多さ | 持ち帰り自体は誠実さの表れだが、基本項目が多数持ち帰りになる場合は体制が薄い |
| 「できません」と言えるか | 全項目に「対応可能」と答える事業者より、できないことを明示して代替案を出す事業者のほうが信頼できる |
| 数字の一貫性 | 「アクセス可能者2名」と「24時間監視体制」は両立しにくい。矛盾は深掘りの起点になる |
| 回答者の部署 | 全項目を営業担当が書いている場合、技術面は割り引いて読む |
最後にもうひとつ。質問に対して「そこまで聞かれたのは初めてです」と言われることがあります。 これは事業者を責める材料ではなく、医療機関側が要求水準を示せていなかったことの表れでもあります。発注側が具体的に聞くようになることが、業界全体の水準を押し上げます。事業者がこれに応えようとするとき、体制を第三者に証明する手段のひとつが ISMS認証取得支援 のような認証取得です。
まとめ
この質問リストを使ううえで押さえるべき点は次のとおりです。
- 「危うい回答」は失格ではなく、深掘りのトリガーとして使う
- 最も費用対効果が高いのは「当院のデータにアクセスできるのは何名か」。数は誤魔化しにくい
- インシデント領域では「通知の基準」を必ず聞く。基準がなければ、知るタイミングを事業者に委ねることになる
- 再委託は「クラウドサービスの利用を含めて」と付けなければ出てこない
- 契約終了時の質問は、導入の検討段階で聞く。更改直前では条件を変えられない
- 回答は契約に転記する。これが翌年以降の回答の質を決める
質問リストを作り、複数社の回答を並べ、差を読み取る作業は、片手間で回せるものではありません。既存委託先の棚卸から始めたい、次期更改に向けて質問票を整備したいといった場合は、お問い合わせ からご相談ください。
参考・出典
- 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン|厚生労働省
- 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版(本文PDF)|厚生労働省
- 個人情報保護委員会
- 情報処理推進機構(IPA)
- 情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)
※ガイドラインの要求事項は改定により変わります。質問項目は最新の公表資料に照らして定期的に見直してください。