株式会社ポテックのコーポレートビジョンは「新時代の福祉国家を実現する」です。
電子カルテを作っている会社が掲げる言葉としては、少し大きすぎるように見えるかもしれません。実際、初対面の方から「ソフトウェアの会社がなぜ福祉国家なんですか」と聞かれることがあります。
この記事は、その問いへの答えです。あわせて、これまで社外にきちんと書いてこなかった「ポテック」という社名の由来と、いまのビジョンに至る前に掲げていた、もうひとつの言葉についても書きます。
ソフトウェア開発は、意外と刹那的な行為である
まず、あまり夢のない前提から始めます。
ソフトウェアを書くという行為は、現代の流れの速い環境のなかでは、驚くほど刹那的です。
数年前にベストプラクティスとされた設計は、いつのまにか「古い書き方」になります。フレームワークはメジャーバージョンを重ね、依存ライブラリは非推奨になり、クラウドの推奨構成も入れ替わります。丁寧に書いたコードが、事業の方針転換ひとつで使われなくなることも珍しくありません。
AIによるコード生成が実用段階に入って、この傾向はさらに強まりました。かつては数日かけて書いていたコードが数十分で出てくる。そうなると、コードそのものの希少価値は下がります。「書けること」は、もはや差別化要因ではなくなりつつあるのです。
それでいて、ソフトウェア開発には相応に苦行的な側面が残っています。仕様の曖昧さを一つずつ潰し、例外ケースを洗い出し、本番で落ちない状態まで持っていく作業は、AIがあっても消えません。とりわけ医療のように「間違えてはいけない」領域では、最後の一割の精度を担保するために、最初の九割と同じだけの労力がかかります。
刹那的なのに、簡単には積み上がらない。これがソフトウェア開発という営みの、正直な姿だと思っています。
それでも「積み上げ」に意味が出る条件
では、積み上がるものは何もないのか。そうではありません。
条件があります。同じドメイン領域に留まり続けることです。
領域を移り変わりながら作るソフトウェアは、その都度ゼロからの学習になります。一方、同じ領域で作り続けると、コードは古くなっても、その下にある理解は古くなりません。
- なぜこの業務はこの順序でなければならないのか
- なぜ現場はこの入力を嫌がるのか
- なぜこの制度は、こういう不格好な形をしているのか
こうした理解は、コードよりもはるかに寿命が長い資産です。そして、AIが実装を肩代わりしてくれる時代においては、この「何を作るべきかの判断精度」こそが、企業間の差になっていきます。
私たちが医療情報システムという一つの領域に留まり続けているのは、そのためです。
医療のソフトウェアが踏まえるべき、三層の歴史
医療領域でソフトウェアを作るとき、積み上げるべき歴史は一つではありません。私たちは三層あると考えています。
第一層:ソフトウェアとしての歴史
自社プロダクトの設計判断の履歴です。なぜこのデータモデルを選んだのか、なぜこの機能を作らなかったのか。この記録がないチームは、同じ議論を毎年繰り返します。
第二層:医療としての歴史
診療という営みそのものの歴史です。カルテは本来、医師が自分の思考を残すための記録でした。それが法定保存文書となり、チーム医療の共有手段となり、いまはAIによる要約や検索の対象になっています。
順序を無視して「AIで便利になるから」とだけ設計すると、現場から静かに拒絶されます。カルテがなぜその形式で書かれてきたのかを知らないまま、書式だけを効率化しても、診療の思考は支えられないからです。
たとえばSOAPという書式は、単なる見出しの分類ではなく、「主観的情報と客観的情報を分けて記録し、そのうえで評価と計画を立てる」という診療の思考手順そのものを写したものです。この背景を知っていれば、AIに要約させる単位も、後から検索させる粒度も、自然と決まってきます。逆にここを知らないと、見た目だけそれらしい文章を生成して、肝心の思考の跡が消えたカルテができあがります。
第三層:社会保障としての歴史
そして、日本で医療ソフトウェアを作る以上、避けて通れないのがこの層です。
日本の医療は、1961年の国民皆保険の達成によって、「誰もが、どこでも、同じ条件で医療にかかれる」制度として設計されました。その後も、高齢者医療のあり方をめぐる制度改正、2000年の介護保険制度の施行、2008年の後期高齢者医療制度の導入と、社会の変化に合わせて何度も作り替えられてきました。診療報酬は原則2年に一度改定され、そのたびに医療の提供のされ方が調整されています。
近年では、レセプトのオンライン請求が標準になり、オンライン資格確認が広がり、電子処方箋の運用が始まりました。医療DXは、突然始まった流行ではなく、60年以上かけて更新され続けてきた社会システムの、いま進行中の一区画です。
電子カルテもレセコンも、この巨大な制度の上に載っています。診療報酬改定に追従できないシステムは、機能がどれだけ優れていても現場では使えません。医療ソフトウェアの設計とは、実のところ制度設計の一部を代行する行為なのです。
この三層を踏まえているかどうかは、日々の設計判断にそのまま表れます。たとえばデータ移行は、「前のシステムから吸い出せるか」という技術の問題ではなく、「その医療機関が何十年もかけて積み上げてきた診療の記録を、どこまで意味を保ったまま引き継げるか」という問題です。歴史を知らないと、これらはすべて単なる仕様の一項目に見えてしまいます。
社名「ポテック」の由来 ― pottery + technology
ここで社名の話をします。
ポテック(Pottech)は、pottery(陶芸・焼き物)と technology を組み合わせた言葉です。
なぜ器なのか。器は、それ自体が主役になる道具ではありません。中に何を入れるかは使う人が決めます。それでいて、器の形は中身のあり方を静かに規定します。浅い皿には汁物を盛れないし、注ぎ口のない容器からは上手く注げません。
社会のシステムも同じだと考えています。医療という営みの主役は、当然ながら医療従事者と患者さんです。ソフトウェアはその主役にはなりません。しかし、どんな器を用意するかによって、そこで起きる医療の形は変わります。入力に30分かかるカルテは診療時間を削り、算定漏れに気づけないレセコンは経営を痩せさせ、データが分断されたシステムは地域連携を諦めさせます。
社会のための器を、テクノロジーで作り上げていく。 それが社名に込めた意味です。
そして器づくりは、ろくろの前で一日にして身につくものではありません。土を選び、形を覚え、焼いて割って、また作る。積み上げなければ上達しない営みです。刹那的になりがちなソフトウェア開発を、あえて器づくりになぞらえたのは、そういう覚悟の表明でもあります。
出発点は「疾患受容性の高い社会をつくる」だった
ポテックがもともと掲げていたビジョンは、いまとは違う言葉でした。
「疾患受容性の高い社会をつくる」。これが創業時の出発点です。
健康に過ごしている限り、あまり意識することはありません。しかし少し視点を変えると、なんらかの症状や疾患を抱えている方が、社会のなかできちんと受け容れられている場面は、実はそれほど多くないことに気づきます。
定期通院のために働き方を諦める。周囲に説明しづらくて言わないままにする。外から見えにくい症状ほど「大したことない」と扱われる。治療が長期になるほど、本人が社会との接点を少しずつ手放していく。医療の中では患者として扱われても、社会の側に受け容れる仕組みが足りていない。
もっと包摂的な社会をつくる必要がある。その問題意識から、私たちは始まりました。
理念を、持続するビジネスの形に翻訳する
ただ、理念だけでは何も動きません。
疾患受容性の高い社会をつくると言ったとき、では自分たちに具体的に何ができるのか。しかも、一度きりの善意ではなく、持続するビジネスの延長線上で何ができるのか。この問い直しを重ねていくなかで、考えが変わっていきました。
受容というものは、個々人の理解や善意だけで成り立つものではありません。病気になっても生活が壊れないこと、働けない期間があっても暮らしが続くこと、費用を理由に受診をあきらめずに済むこと。それらを実際に支えているのは、医療保険であり、介護保険であり、公衆衛生であり、所得保障です。
つまり、疾患受容性を社会の規模で支えている実体は、社会保障そのものでした。
そうであるならば、私たちが向き合うべき相手は、個別の善意ではなく、日本がこれまで積み上げてきた社会保障と福祉国家の歴史そのものになります。この認識が強くなった結果として、いまの「新時代の福祉国家を実現する」というビジョンにたどり着きました。
言葉は変わりましたが、断絶ではありません。創業時の問題意識を、より実装可能な単位に翻訳したもの、と私たちは捉えています。
福祉国家という「最も大きな器」
ここまでを踏まえると、冒頭の問いに答えられます。
私たちが日本社会に向けたソフトウェアを作る以上、最終的に向き合う対象は、日本がこれまで積み上げてきた福祉国家という社会システムそのものです。
国民皆保険も、介護保険も、公衆衛生も、先人が数十年かけて作り、改良し、守ってきた器です。世界的に見ても、これほど広く医療へのアクセスを保障している国は多くありません。それは自然にできたものではなく、制度として設計され、運用され、修繕され続けてきた人工物です。
同時に、この器はいま明らかに軋んでいます。人口構造は制度設計時の前提から大きく変わり、支え手は減り、医療従事者の負担は限界に近づいています。器を作り直す必要があるのは間違いありません。
このとき二つの態度があります。ひとつは「古い制度は壊して、まったく新しいものに置き換えるべきだ」という態度。もうひとつは「これまで積み上げてきたものを引き継ぎながら、次の形に更新していく」という態度です。
私たちは後者を選びます。 60年分の積み上げには、理由のある不格好さが含まれています。それを理解せずに更地から設計されたシステムは、たいてい現場と制度の両方から弾かれます。歴史を踏まえたうえで更新する。そこにこそ、真の価値があると考えています。
AIで作りながら、社会システムを更新していく
ポテックがAI駆動開発にこだわっているのは、思想の話だけでなく、実務上の必然でもあります。
医療制度は2年に一度改定され、その合間にも通知や解釈の変更が積み重なります。従来の開発速度では、制度変更への追従だけで開発リソースの相当部分が消えていました。AIによって実装を高速化できるということは、制度の変化に人手を取られず、本来向き合うべき「どうあるべきか」に時間を割けるということです。
私たちが提供しているAIネイティブ電子カルテは、その具体的な形です。診察中の会話からSOAP形式のカルテを起こし、レセプト点検で算定漏れや返戻リスクを事前に検知し、蓄積されたデータを経営分析につなげる。ひとつひとつは現場の効率化ですが、束ねると、医療の提供体制そのものの生産性を押し上げる取り組みになります。
ヘルスケア領域全体のなかで、どの変化にどう向き合うのかはヘルスケアカオスマップとしても整理・公開しています。制度の変化には最速で追従し、実践知をもとに国と一緒に改善を目指す。ワークフローの変化には、医療従事者をできるだけ「暇」にする方向で関わる。私たちの立ち位置はそこにあります。
私たちが作るのは、受け継がれるべきソフトウェアである
最後に、私たちが作ろうとしているものの性質について書いておきます。
ポテックは、誰も見たことがない真新しいソフトウェアを作ろうとしているわけではありません。
電子カルテは、その象徴です。紙のカルテから始まり、現場の運用と制度の要請の両方に揉まれながら、数十年かけて少しずつ今の形になってきました。派手さはありません。しかし、日本の医療の記録は、確かにここに積み上がっています。
こうしたソフトウェアは、一社のプロダクトである以前に、社会システムの一部です。だとすれば、評価されるべき基準も変わってきます。目新しさよりも、
- 十年後も止まらずに動いていること
- 制度が変わっても追従し続けられること
- 別のシステムへ意味を保ったまま移行できること
- なぜこの仕様なのかを、後から来る人に説明できること
こちらのほうがはるかに重要です。次の世代の開発者や医療機関に手渡せる形になっているかどうか。それが、社会システムとしてのソフトウェアの品質だと考えています。
これまで積み上げてきた歴史を大事にしつつ、未来に向けて受け継いでいくべきソフトウェアを作る。日本のこれまでの過去と、これからの未来をつなぐために開発を続ける。これが、私たちの仕事の輪郭です。
おわりに
ソフトウェア開発は刹那的です。今日書いたコードは、数年後にはおそらく残っていません。
それでも、同じ領域で作り続けることで積み上がるものがあります。ソフトウェアの設計判断の歴史。医療という営みの歴史。そして、日本が築いてきた社会保障の歴史。この三層を引き受けたうえでプロダクトを作ることに、私たちは意味を見出しています。
疾患を抱えた人が受け容れられる社会をつくりたい、という出発点は変わっていません。ただ、それを本気で社会の規模でやろうとすると、向き合う相手は福祉国家という巨大な器そのものになりました。
ポテックは、社会のための器をテクノロジーで作る会社です。AIで医療情報システムを作りながら、これまで積み上げられてきたものを壊さずに引き継ぎ、その先にある福祉国家という社会システムを、次の時代の形に更新していく。
それが、ソフトウェア企業である私たちが福祉国家を語る理由です。
会社の概要やこれまでの歩みについては会社情報をご覧ください。医療機関の皆さま、行政・研究機関の皆さま、そして同じ課題意識を持つ方々からのご相談を、いつでもお待ちしています。
