医療DXの個別施策を追いかけていると、「結局これで自院の経営は良くなるのか」という問いに行き当たります。オンライン資格確認を入れ、電子処方箋に対応し、加算を算定する——それ自体は必要な対応ですが、経営構造そのものが変わるわけではありません。本記事では、医療機関経営を取り巻く環境変化を今後10年の時間軸で整理したうえで、医療DXが経営に効くとすればどこなのかを考えます。
免責:本記事は一般的な情報提供であり、特定の経営判断を推奨するものではありません。統計数値は出典時点のものです。実務では必ず最新の一次情報をご確認ください。
医療DX全体の見取り図は 医療DXとは?国の工程表と3本柱をクリニック目線で解説 で整理しています。
前提:医療機関の収益構造は極めて単純
議論の出発点として、医療機関の収益構造を確認しておきます。中医協の医療経済実態調査によれば、入院診療収益のない診療所では収益の9割超が外来診療収益です。病院でも入院診療収益と外来診療収益の合計が9割以上を占め、それ以外の収益はごくわずかにとどまります。
つまり現在の医療機関経営は、診療報酬という単一の価格表に収益のほぼ全てを依存する構造です。価格を自分で決められず、単価は改定で決まり、数量は人口動態と立地でほぼ決まります。経営努力の効きどころが構造的に限られているということでもあります。
その結果として、日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会の調査では、**2023年度に赤字経営だった病院の割合は74.9%**に達しました。約8,000の病院のうち7割超が赤字という状態です。
この構造を踏まえると、医療機関経営の打ち手は「診療報酬の中で最適化する」か「診療報酬の外に収益源を持つ」かの二択になります。
今後10年に起こる環境変化

環境変化は、確定的なもの、確定事象から派生するもの、予想の3層に分けて考えると整理しやすくなります。まず中長期のマクロ環境を6つの軸で俯瞰すると、次のようになります。

政策動向
- 標準型電子カルテの本格展開と電子カルテ情報共有サービスの本格展開が2026年度以降に進む
- 工程表は2030年までに概ね全医療機関への電子カルテ導入を目標としている
- マイナポータルでの医療情報閲覧が一般化する
- 医療機関の統廃合・経営効率化政策、病床数削減が進む
人口動態
ここが最も確度の高い変化です。
- 在宅診療・訪問看護の利用者数は2040年頃にピークを迎えるまで伸び続ける。厚生労働省の推計では、305の二次医療圏で訪問診療利用者数が2040年以降にピークを迎え、訪問看護でも198の医療圏が同様です
- 2025年以降、訪問診療利用者に占める後期高齢者の割合は9割以上になると見込まれています
- 医師の高齢化による世代交代。診療所の医師の平均年齢は上昇傾向にあり、デジタル製品の市場ニーズはこの世代交代に直結します
労働力:2030年問題
パーソル総合研究所の推計では、2030年の医療・福祉産業における必要労働人口1,367万人に対し、予想労働人口は1,180万人。さらに早期退職などを考慮した予想安定労働人口は885万人にとどまり、必要労働人口の約3割(482万人)が不足すると予想されています。
これは採用努力で埋まる規模ではありません。業務量そのものを減らすか、人以外に担わせるかしか選択肢がない、という前提で経営を設計する必要があります。
技術と市場構造
- 医療情報システムへのAI導入が本格普及し、汎用タスク(清掃・洗濯・配膳・ベッドメイキングなど)はロボットへの置き換えが進む可能性がある
- 医療従事者の個人化が進む(常勤前提でない働き方)
- 医療機関へのマルウェア被害が最大化する時期を迎える
- オンライン診療の本格普及、医療機関経営への外資参入の増加
打ち手1:収益構成を多様化する

診療報酬に依存する構造から抜けるには、収益源を増やすしかありません。保険診療に加えて、自由診療、治験参加、インバウンド、不動産収益、EC販売といった収益源を組み合わせる医療機関が増えています。
ここで重要なのは、稼ぎ方が変わると組織形態も変わり、必要とされるソフトウェアも全く異なるものになるという点です。保険診療だけを前提とした電子カルテ・レセコンでは、自由診療の料金設定、物販の在庫管理、治験の症例管理、複数事業者との連携といった業務を扱えません。
収益多様化を検討するなら、システムの選定基準も「保険診療を正しく算定できるか」から「保険外の業務を同じ基盤で扱えるか」へ広げる必要があります。
打ち手2:経営機能を分解する

現状の医療機関運営は、オペレーションマネジメント・保険医療機能・非保険医療機能・施設運営・不動産管理が一体化した複合的な経営モデルになっています。資本効率を上げるのであれば、これらを分解し、アウトソーシングや経営分離を進めるほうが資産稼働率・利益率を改善しやすくなります。
具体的には次のような分解が考えられます。
| 機能 | 分解の方向 |
|---|---|
| 管理部門 | クラウド医事・医事事務BPO |
| 医療チーム | オンライン診療、AI支援による省力化 |
| 検査 | 検査会社の常駐、機器の共同利用 |
| 治験 | SMOの活用 |
| 健診・自由診療 | 別法人化 |
| 施設運営 | 医薬品・医療資材の共同購買 |
| 不動産 | 不動産信託(ヘルスケアREIT)、所有と運営の分離 |
重要な医療リソースには限りがあるという前提に立てば、医師・看護師が担う必要のない機能を切り出していくことが合理的です。医療DXは、この切り出しを技術的に可能にする側面を持ちます。院外のBPO事業者と同じデータを見られること、クラウドで施設外から業務を回せることが、分解の前提条件になるためです。
打ち手3:組織を変えずにシステムだけ入れ替えない

ここが最も見落とされやすい論点です。
DXは単なるデジタル化ではなく、売上構成・オペレーション・組織形態といった医療ビジネスおよび経営モデルそのものの変革を支えるものです。しかし現在の病院システムは、医事課が医事会計システム、各診療科の医師・看護師が電子カルテ、薬剤部が薬剤・調剤システム、という具合に、既存の組織単位を前提として分かれています。
ソフトウェア工学には「コンウェイの法則」という経験則があります。組織のコミュニケーション構造と、その組織が設計するシステムの構造は相似になる、というものです。裏を返せば、組織形態を変えないまま作るシステムでは、本質的なDXは起こり得ないということになります。
システム導入の前に、あるいは同時に、業務の持ち方そのものを問い直せるかどうかが分かれ目になります。「今の業務フローをそのままシステム化する」プロジェクトが期待した効果を生まないのは、この法則で説明がつきます。
医療DXが経営に効く本当のポイント

国が進める医療DXが医療機関経営にもたらす価値は、加算の算定要件を満たすことだけではありません。医療情報システムを開発する際の負荷が下がり、古いシステムの新陳代謝が起こりやすい環境ができることが、中長期的にはより大きな意味を持ちます。
これまで、レセコン・電子カルテ・医療機器のベンダーは、それぞれ次のような負担を抱えてきました。
- レセコン:オンライン資格確認対応、クラウド化、患者の保険情報確認、地域ごとの独自の医療費助成制度、2年ごとの診療報酬改定対応
- 電子カルテ:電子カルテ3要件の実装方針の明確化、セキュリティ要件、電子署名の要件、医療情報システムの認定要件
- 医療機器:API連携の標準規格化、マスタ整備、セキュリティ要件の明確化
共通算定モジュール、マスタ・コードの共通化、標準規格の整備は、これらの負担を業界全体で引き下げる取り組みです。参入障壁が下がれば新しいプレイヤーが入りやすくなり、既存製品も更新圧力にさらされます。医療機関にとっては、選べる製品が増え、乗り換えコストが下がる方向の変化です。
裏を返せば、この変化に乗らないベンダーの製品を使い続けることは、相対的なコスト増を意味します。詳しくは 診療報酬改定DXの解説 をご覧ください。
クリニックとしての現実的な結論
病院と診療所では取りうる打ち手の幅が異なります。診療所規模で現実的なのは次の3点です。
- 診療報酬に直結する制度対応は着実に行う——医療DX推進体制整備加算のように、対応が算定に直結する項目は最優先です
- 人手を前提としない業務設計に切り替える——2030年の労働力不足は採用で埋まりません。音声入力、AI問診、自動精算、レセプト点検の自動化など、業務量そのものを減らす投資の優先度が上がります
- システム選定の基準を「今の業務」から「5年後の業務」に広げる——収益構成が変わる可能性、標準規格への対応、改定対応のコスト構造を選定基準に入れる
AIカルテでの対応
AIネイティブ電子カルテ「AIカルテ」はレセコン一体型のクラウドサービスとして、音声入力によるカルテ自動生成、AIレセチェック、経営分析までを一つの基盤で提供します。人手を前提としない業務設計への移行と、制度改定への追従をサービス側で吸収することを狙った設計です。診療所の規模・診療科・収益構成に応じた導入のご相談を承っています。
おわりに
医療機関の収益は診療報酬に強く依存し、病院の約75%が赤字という厳しい環境にあります。今後10年で、在宅需要の拡大、2030年の労働力不足、AI・ロボットの実用化、電子カルテの全面普及といった変化が重なります。医療DXが経営に効くのは、加算の算定を通じてではなく、①収益構成の多様化を技術的に可能にすること、②経営機能の分解を可能にすること、③システムの新陳代謝を促し選択肢とコストを改善すること、の3点においてです。そしてそのいずれも、組織の持ち方を問い直すことなしには実現しません。
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参考・出典
- 本記事の図表は、株式会社ポテック代表 有村琢磨の講演資料「医療DXで医療機関経営は変えられるか?標準型電子カルテと医療DX・病院経営の今後」(2025年6月19日)より
- 医療DXの推進に関する工程表(医療DX推進本部)
- 在宅医療の需要推計に関する資料(厚生労働省)
- 労働力の推計はパーソル総合研究所「労働市場の未来推計2030」より
