糖尿病診療における最大の課題を1つ挙げるなら、通院の中断です。
そしてこの問題が厄介なのは、気づきにくいことにあります。
外来には毎日大勢の患者が来ます。医師もスタッフも、目の前の患者に対応することで手一杯です。そのとき、来なかった患者は視界に入りません。誰も「今日Aさんが来なかった」とは思いません。
自覚症状が乏しい期間が長い疾患であるほど、患者側にも中断の動機が生まれます。「調子は悪くないし、忙しいから今回はいいか」——そこから半年、1年と空いていきます。
**中断は事故ではなく、静かに進行します。**だからこそ、人の注意力ではなく仕組みで検知する必要があります。
免責:本記事は一般的な情報提供です。具体的な診療方針は各院の判断に従ってください。
何をもって「中断」と見なすか
仕組みをつくる前に、検知の定義を決める必要があります。実務的には複数の入口があります。
① 受診間隔からの検知
もっとも素直な方法です。
- 前回受診から一定期間が経過しても来院がない
- 次回予約が入っていない、または予約が無断キャンセルされたまま
ただし、糖尿病の外来では受診間隔が患者ごとに違います(1か月ごと、2か月ごと、3か月ごと)。一律に「3か月来なければ中断」とすると、もともと3か月間隔の患者を拾えません。
患者ごとの通常間隔を基準にしたズレで見るほうが精度が上がります。
② 処方期限からの検知
こちらのほうが実務的に強力です。
- 前回の処方が何日分だったか
- その日数を過ぎても受診がない
処方が切れているということは、薬を飲めていない可能性が高いということです。受診間隔より直接的な指標になります。
③ 検査値の悪化と受診状況の組み合わせ
- HbA1cが前回より悪化しているのに、次回予約が入っていない
- 目標値から外れている状態が続いているのに、間隔が空いている
「放っておくと悪くなる状態にある人」を優先的に拾うという考え方です。全員を等しく追いかけるリソースがない現実に対して、優先順位をつける方法になります。
④ 検査・指導の未実施
糖尿病診療では、定期的に実施すべき評価があります。
- 眼科への紹介と受診確認
- 腎機能・尿検査
- 足の観察
- 栄養指導
予定されていたが実施されていない項目があるかどうかも、フォローの入口になります。
システムに求められること
対象患者を抽出できるか
すべての起点はここです。
- 上記の条件で患者を一覧抽出できるか
- 条件を自院で設定・変更できるか
- 抽出が定期的に自動で走るか
- 抽出結果に対して対応状況を記録できるか
最後の項目が見落とされがちです。抽出しただけでは業務になりません。「連絡した/つながらなかった/来院した」を記録できて初めて、次のアクションが決まります。
検査値の時系列を扱えるか
- HbA1c、血糖、体重、血圧を構造化データとして保持しているか
- 経時的にグラフで表示できるか
- 目標値からの逸脱を判定できるか
自由記載の中に数値が埋もれていると、そもそも抽出条件に使えません。この構造的な問題は、他科でも共通します(脳神経内科クリニックの電子カルテ、泌尿器科クリニックの電子カルテ)。
連絡手段があるか
抽出できても、連絡手段がなければ止まります。
- 患者へのリマインド送信(SMS、メール、アプリ通知)に対応するか
- 送信結果が記録されるか
- 電話連絡の記録を残せるか
血糖データの取り込み
自己血糖測定や持続血糖モニタリングを行っている患者では、機器側にデータがあります。
- 機器・アプリのデータをカルテに取り込めるか
- 受診間の状況が把握できるか
受診の合間の状態が見えると、中断の予兆に気づける場合があります。血糖データ連携の要件は 糖尿病・内分泌クリニックの電子カルテ で扱っています。
チェックリスト
| 区分 | 確認項目 |
|---|---|
| 抽出 | 受診間隔/処方期限/検査値悪化/未実施項目での抽出 |
| 条件設定 | 自院での設定変更/患者ごとの通常間隔の考慮/定期自動実行 |
| 記録 | 対応状況の記録/連絡履歴/再来院の追跡 |
| 検査値 | 構造化保持/経時グラフ/目標値からの逸脱判定 |
| 連絡 | リマインド送信/送信結果の記録/電話記録 |
| 機器連携 | 血糖データの取り込み/受診間の状況把握 |
「連絡すること」の設計
抽出の仕組みができたら、次は誰がいつ連絡するかという運用設計です。
ここを決めずに導入すると、抽出リストが出るだけで誰も動かない状態になります。実務的には次の点を先に決めておくと動きます。
- 担当を決める(看護師か医療事務か)
- 頻度を決める(週1回、月1回)
- 上限を決める(1回あたり何件まで対応するか)
- 連絡文面を用意する(毎回考えない)
- 何回連絡しても反応がない場合の扱いを決める
とくに3つ目が重要です。全員に連絡しようとすると続きません。優先度の高い患者から一定件数、という形にすると運用が回ります。
AIネイティブという選択肢
通院中断の防止でAIが効くのは、次の点です。
- 優先度づけ:抽出した患者を、リスクの高さで並べ替える
- 連絡文面の生成:患者ごとの状況に応じた案内文の下書き
- 問い合わせ対応:予約変更の連絡を自動で受け付ける
- 経過の要約:連絡する前に、その患者の状況を短く把握する
- 傾向の分析:どういう患者が中断しやすいかを把握する
最後の項目は、予防的な介入の設計につながります。「初診から3回目までの離脱が多い」といった傾向が見えれば、その時期の関わり方を変えられます。
なお、AIの出力をそのまま患者に送らないという前提は必要です。文面は人が確認します。境界の考え方は AIに任せられる仕事の境界線 で扱っています。
まとめ
- 糖尿病診療の最大の課題は通院中断であり、来なかった患者は視界に入らないことが問題の核心
- 検知の入口は4つ——受診間隔/処方期限/検査値の悪化/未実施項目
- 受診間隔は患者ごとに違うため、一律の日数ではなく個々の通常間隔からのズレで見るほうが精度が高い
- 処方期限からの検知は「薬が切れている」を直接示すため、実務的に強い
- 抽出だけでは業務にならない。対応状況を記録できることがセットで必要
- 検査値が自由記載に埋もれていると、抽出条件にすら使えない
- 運用は担当・頻度・上限・文面を先に決めないと、リストが出るだけで止まる
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