母子健康手帳は、妊娠期から乳幼児期までの記録を一冊にまとめる仕組みとして長く使われてきました。一方で、紛失すると記録が失われる、転居すると自治体間で情報が引き継がれない、医療機関側は手書きの記入に時間を取られるといった課題も抱えていました。2026年4月、母子保健法施行規則の改正により電子版母子健康手帳が法的に位置づけられ、母子保健のデジタル化が本格的に動き始めています。本記事では、何が変わるのか、産婦人科・小児科の実務にどう関わるのかを整理します。
免責:本記事は一般的な情報提供です。制度の運用・対応自治体・様式の詳細は今後変わり得ます。実務では必ず最新の一次情報(こども家庭庁・デジタル庁・お住まいの自治体の公表資料等)をご確認ください。
医療DX全体の見取り図は 医療DXとは?国の工程表と3本柱をクリニック目線で解説 で整理しています。
母子保健DXが目指すもの
母子保健DXは、こども家庭庁が中心となって進める、妊娠・出産・育児に関する情報のデジタル化です。狙いは大きく3つあります。
- 記録を失わない:紙の手帳の紛失・災害による滅失に備え、電子的に記録を保持する
- 自治体をまたいで引き継ぐ:転居しても健診・予防接種の記録が途切れないようにする
- 入力と閲覧の負担を減らす:保護者・自治体・医療機関それぞれの記入や確認の手間を軽減する
とくに2つ目は、従来の仕組みでは解決が難しかった課題です。母子保健は自治体が実施主体であるため、転居によって記録の連続性が失われやすい構造になっていました。
電子版母子健康手帳の位置づけ
2026年4月1日、母子保健法施行規則の改正により、電子版母子健康手帳が制度上位置づけられました。これは「紙の母子健康手帳が廃止される」という意味ではありません。紙と電子のいずれも正式なものとして扱えるようになった、という理解が正確です。
実際の運用では、自治体が提供する母子手帳アプリやマイナポータルを通じて、次のような情報が扱われます。
| 情報 | 内容 |
|---|---|
| 妊婦健診の記録 | 健診の受診日、計測値、検査結果など |
| 乳幼児健診の記録 | 各月齢・年齢の健診結果、発育の記録 |
| 予防接種の記録 | 接種履歴(ワクチンDX と連動) |
| 問診票 | マイナポータルからの事前入力 |
情報連携の仕組み
自治体がデータ化した妊婦健診・乳幼児健診の情報は、マイナポータルを通じて保護者本人が閲覧できるようになります。また、中間サーバを介することで、自治体間での共有も可能になります。
この情報連携の基盤となっているのが PMH(Public Medical Hub) です。PMHは自治体と医療機関をつなぐ基盤であり、母子保健はその対象分野の一つに位置づけられています。予防接種のデジタル化(ワクチンDX)とは同じ基盤を共有しているため、両者はあわせて理解しておくと全体像がつかみやすくなります。
産婦人科・小児科の実務はどう変わるか
健診記録の入力
従来、医療機関は紙の母子健康手帳に手書きで健診結果を記入してきました。デジタル化が進むと、システムから健診結果を登録する運用へ移行していきます。ただし、対応の進み方は自治体によって差があるため、当面は紙の手帳への記入と電子的な記録の両方が求められる可能性があります。
公費負担の受診票
妊婦健診の公費負担は、自治体が発行する受診票によって運用されてきました。PMHによる資格確認が広がれば、この確認業務も電子化に向かいます。里帰り出産のように住所地と受診地が異なるケースで、確認がしやすくなることが期待されます。
問診の効率化
保護者がマイナポータルから問診票を事前入力できるようになれば、窓口での記入待ちが減り、記入内容の確認も画面上で完結します。乳幼児健診を多く扱うクリニックでは、混雑緩和の効果が見込めます。
過去の記録の参照
転居してきた患者について、これまでは保護者の記憶や手元の手帳に頼るしかありませんでした。自治体間で記録が共有されるようになれば、発育経過や接種歴を踏まえた診療がしやすくなります。臨床上の価値としては、この点が最も大きいといえます。
進み方の特徴と注意点
母子保健DXも、PMHやワクチンDXと同様に自治体ごとに対応時期が異なります。制度上は電子版母子健康手帳が位置づけられていても、実際に運用が始まる時期は、自治体の準備状況とアプリの導入状況に左右されます。
医療機関としては次の点に注意が必要です。
- 紙と電子が併存する期間が長い:どちらにも対応できる運用を前提にする
- 自治体ごとにアプリが異なる:患者の居住自治体によって使うアプリが違う場合がある
- すべての情報が即座に共有されるわけではない:対象となる情報の範囲は段階的に広がる
クリニックが今できること
1. 地元自治体の状況を確認する
自院の所在自治体と、主な患者の居住自治体における母子手帳アプリの導入状況・PMHへの参加状況を確認します。産婦人科・小児科では、複数の自治体から患者が来ることが多いため、周辺自治体もあわせて把握しておくと実務で役立ちます。
2. 健診記録の入力フローを見直す
電子的な記録が求められるようになった際に、誰がいつ入力するのかを整理しておきます。診察中に医師が入力するのか、看護師が記録するのかによって、必要なシステム環境が変わります。
3. 保護者への案内を準備する
電子版母子健康手帳やマイナポータルからの問診入力について、保護者から質問を受ける場面が増えます。院内で説明できる範囲と、自治体の窓口に案内すべき範囲を整理しておくとスムーズです。
AIカルテでの対応
AIネイティブ電子カルテ「AIカルテ」は、乳幼児健診の記録や成長曲線の管理、予防接種のスケジュール管理など、小児科・産婦人科の日常業務に対応する機能を備えています。母子保健分野の情報連携についても、制度側の実装の進み方を踏まえて対応方針を検討しています。診療科ごとの運用にあわせた導入のご相談を承っています。
おわりに
母子保健DXは、2026年4月の電子版母子健康手帳の制度化を起点に本格的に動き出した施策です。紙の手帳がすぐになくなるわけではありませんが、健診記録の入力、公費負担の確認、問診の受け付けといった日常業務が段階的に変わっていきます。産婦人科・小児科にとっては、転居患者の記録を参照できるようになる点が臨床上の大きな前進です。まずは自院の地域における対応状況を確認し、紙と電子が併存する前提で運用を設計しておくことが、実務的な備えになります。
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