分院を出す判断は、経営上の大きな転換点です。そして1拠点では問題にならなかった論点が、2拠点目から一斉に表面化します。
「本院で使っている電子カルテを分院にも入れればいい」と考えて進めると、患者情報の共有可否、マスタの不一致、権限設計、数値の横比較といった問題に後から直面することになります。本記事では、分院展開の前に決めておくべきシステム設計の論点を整理します。
免責:本記事は一般的な情報提供です。個人情報の取り扱いや医療法上の要件は個別事情により判断が分かれます。実務では必ず弁護士・所管の行政機関にご確認ください。
論点1:患者情報を拠点間で共有するか
最初に決めるべき、そして最も重要な論点です。
「同じ法人なのだから共有できるはず」と考えがちですが、共有すること自体が自動的に認められるわけではありません。患者から見れば、本院で話した内容が分院でも見られるかどうかは、意識される問題です。
判断にあたって整理すべき点は次のとおりです。
- 利用目的の設定:法人内の複数拠点で情報を利用することが、あらかじめ定めた利用目的に含まれているか
- 患者への説明:拠点間で情報を共有する旨を、どのように周知するか
- 共有の範囲:診療記録すべてか、一部(アレルギー、既往、処方など)に限るか
- アクセスの制御:共有可能であっても、実際に見る必要のない職員が見られる状態は望ましくない
とくに心療内科・精神科・産婦人科など、患者が機微な情報を扱う診療科では慎重な設計が必要です。共有の可否だけでなく、「誰が見られるか」まで含めて設計します。
具体的な法的判断は個別性が高いため、弁護士にご確認ください。
論点2:マスタをどう統一するか
拠点が増えると、マスタの不一致が地味に効いてきます。
統一を検討すべきマスタは次のとおりです。
| マスタ | 不統一だと何が起きるか |
|---|---|
| 診療行為・セット | 拠点ごとに算定内容が変わり、比較できない |
| 傷病名 | 同じ疾患が別表記になり、集計できない |
| 自費メニュー | 拠点で価格が違う状態が生まれる。意図的ならよいが、管理できていないと問題 |
| 文書テンプレート | 診断書・紹介状の様式が拠点ごとに異なる |
| 検査項目 | 外部委託先が違うと項目名が揃わない |
| 予約枠の区分 | 枠の名称と意味が拠点で異なり、横比較できない |
原則として、統一できるものは統一し、拠点ごとに変える必要があるものだけを例外として管理するという設計が扱いやすくなります。逆に、最初から拠点ごとに自由に作らせると、後から統一するコストが跳ね上がります。
とくに自費メニューは、拠点で価格を変える経営判断がありうる領域です。変えるなら意図的に変え、その差を把握できる状態にしておきます。自費メニューの価格設計は 自費診療メニューの価格設定の考え方 で扱っています。
論点3:権限設計
1拠点なら「全員が全部見える」で運用できていたものが、複数拠点では成立しません。
設計すべき軸は次の3つです。
- 拠点:自分の所属拠点のみか、全拠点か
- 職種・役割:医師、看護師、事務、管理者
- 機能:閲覧のみか、編集可能か、マスタを変更できるか
そして、誰がどの権限を持つかを決める人を明確にしておく必要があります。運用が始まると権限の追加・変更依頼が発生します。これを都度その場で判断していると、いつの間にか全員が広い権限を持つ状態になります。
あわせて監査ログの確認方法も決めておきます。誰がいつどの患者の情報を見たかを、必要なときに追えることが重要です。
論点4:予約の相互乗り入れ
拠点間で予約を融通するかは、患者体験と運用の両方に関わります。
- 本院が混んでいるとき、分院を案内できるか
- 患者がどちらの拠点でも予約できるか
- 医師が拠点をまたいで診療する場合、スケジュールを一元管理できるか
医師が複数拠点を回る運用をするなら、医師のスケジュールが拠点をまたいで一元管理されることは必須要件になります。拠点ごとに別々の予約システムだと、ダブルブッキングが必ず起きます。
論点5:数値の横比較
分院展開の目的の一つは、うまくいっている拠点のやり方を他に展開することです。そのためには、拠点を同じ物差しで測れる必要があります。
比較したい数値の例は次のとおりです。
- 拠点別の患者数・新患数・再診率
- 拠点別の平均単価
- 拠点別の予約稼働率・キャンセル率
- 拠点別の人件費率
- 医師別・拠点別の診療実績
ここで論点2(マスタの統一)が効いてきます。マスタがバラバラだと、そもそも同じ指標で測れません。「A院とB院で単価が違う」と見えても、それが診療内容の差なのか、算定の仕方の差なのか、マスタの違いなのかが判別できない状態になります。
指標そのものの考え方は クリニックが見るべき経営指標10選、データ分析の考え方は レセプトデータ×電子カルテデータで実現する経営分析 で扱っています。
論点6:システムの構成とライセンス
クラウドか、拠点ごとのオンプレミスか。 複数拠点では、クラウドの優位性が1拠点のときより明確になります。拠点ごとにサーバーを置く構成では、データの統合、バージョンの統一、バックアップの管理がそれぞれ拠点数ぶん発生します。
クラウドとオンプレミスの比較は クラウド型 vs オンプレミス型 電子カルテ徹底比較 で扱っています。
ライセンス・課金体系。 分院を出す前に確認しておくべき点です。
- 拠点数に応じた課金か、利用者数か、一法人あたりか
- 分院追加時の初期費用が発生するか
- 拠点を追加する際のリードタイム
契約時点で分院展開の可能性を伝え、追加時の条件を確認しておくと、後の交渉が有利になります。契約面の考え方は 電子カルテのベンダーロックインをどう避けるか で扱っています。
ネットワークとBCP。 拠点が増えると、1拠点の障害が他に波及しない構成が求められます。通信障害時に各拠点で最低限の診療を継続できるか、確認しておきます。
論点7:運用の標準化
システム以上に重要なのが、運用が標準化されているかです。
1拠点の時代は、院長の目が届く範囲で運用が成立していました。分院ではそれができません。次が文書化されている必要があります。
- 受付・会計の手順
- カルテ記載のルール(略語、テンプレートの使い方)
- 自費メニューの説明と同意の取り方
- 予約枠の運用ルール
- 締め作業の手順
標準化されていないと、拠点ごとに独自の運用が育ち、数値を比較しても意味が読み取れなくなります。
分院展開前のチェックリスト
| 論点 | 決めておくこと |
|---|---|
| 患者情報 | 拠点間で共有するか/範囲/患者への周知方法 |
| マスタ | 統一する範囲/拠点ごとに変える例外の管理方法 |
| 権限 | 拠点×職種×機能の設計/権限を決める人/監査ログの確認方法 |
| 予約 | 拠点間の融通/医師スケジュールの一元管理 |
| 数値 | 横比較する指標/同じ物差しで測れる状態 |
| システム | クラウドか/ライセンス体系/拠点追加の条件とリードタイム |
| BCP | 1拠点の障害が波及しない構成/通信障害時の運用 |
| 運用 | 手順の文書化/拠点間で揃える範囲 |
まとめ
- 分院展開では、1拠点では問題にならなかった論点が一斉に表面化する
- 患者情報の拠点間共有は自動的に認められるわけではない。利用目的、患者への周知、共有範囲、アクセス制御を設計する。機微な情報を扱う診療科ではとくに慎重に
- マスタの統一が後のすべてに効く。統一できるものは統一し、変える必要があるものだけを例外として管理する
- 権限は拠点×職種×機能で設計し、権限を決める人を明確にする
- 医師が拠点をまたぐなら、スケジュールの一元管理は必須
- 数値の横比較はマスタが揃っていて初めて意味を持つ
- 契約時点で分院展開の可能性を伝え、追加時の条件を確認しておく
- システム以上に運用の標準化が重要。標準化されていないと数値を比較しても読み取れない
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