自費診療メニューを始めるとき、多くのクリニックが最初につまずくのが価格をいくらにするかです。保険診療では価格が点数として国に定められているため、医師も事務スタッフも「値付け」という行為をほとんど経験しないまま開業し、運営してきたからです。
本記事では、自費メニューの価格をどう考えるか、3つのアプローチと実務上の論点を整理します。
免責:本記事は一般的な情報提供です。消費税の取り扱い、価格表示のルール、医療広告に関する規制は改定され得ます。実務では必ず最新の一次情報(国税庁・厚生労働省等)および顧問税理士等の専門家にご確認ください。
自費診療を扱う際の会計面の論点は クリニックの会計機能にイノベーションが必要な理由 で整理しています。
なぜ値付けが難しいのか
保険診療の価格は、診療報酬点数表によって全国一律に決まっています。技術の難易度や地域の物価に関係なく、同じ行為には同じ点数がつきます。改定は2年に一度、国が行います。
この環境では、価格は「与えられるもの」です。経営上の変数は、単価ではなく件数と原価に限られてきました。
自費メニューはこの前提が外れます。価格は自分で決められ、いつでも変えられ、そして間違えても誰も教えてくれません。安すぎれば採算が合わず、高すぎれば患者が来ない。この判断を自力で行う必要が出てきます。
アプローチ1:原価から積み上げる
もっとも基本的な考え方です。そのメニューを一件提供するのに、何がどれだけかかるかを積み上げます。
直接原価として見るべきもの:
- 材料費:薬剤、注射剤、消耗品、機器のカートリッジなど
- 人件費:医師・看護師・スタッフが、そのメニューに何分拘束されるか
- 設備の償却:専用機器を導入した場合、その費用を想定件数で割った額
- 外注費:検査を外部に出す場合の費用
ここで重要なのが、時間あたりで考えることです。自費メニューは診療枠を占有します。同じ30分の枠で保険診療をしていたら得られたはずの収益(機会費用)を下回るなら、そのメニューは経営的には成立していません。
目安の考え方:(メニュー価格 − 直接原価)÷ 所要時間 が、既存の診療の時間あたり粗利を上回っているか
これを満たさないメニューは、患者に喜ばれていても院の収益を圧迫します。逆にこの指標が高いメニューは、枠を増やす価値があります。
間接費(家賃、光熱費、事務スタッフの人件費、システム費用)は、原価に配賦するか、粗利で回収する対象として扱うかを決めておきます。細かく配賦しすぎると運用できなくなるため、まずは直接原価と時間で判断し、月次で全体の採算を確認する方法が現実的です。
アプローチ2:相場から考える
次に、同種のメニューが世の中でいくらで提供されているかを見ます。患者は比較検討をするため、相場から大きく外れた価格は説明を求められます。
ただし相場に合わせるだけでは、自院の原価構造が反映されません。他院より人手をかけている、機器が高性能である、立地の家賃が高い——こうした差はそのまま採算の差になります。相場は「上限・下限の感覚をつかむための参考値」として使い、最終判断は原価と時間あたり採算で行うのが健全です。
なお、価格の打ち出し方には医療広告に関する規制が関わります。費用を掲載すること自体が禁止されているわけではありませんが、誇大な表現や他院との優良性を比較する表現には制約があります。掲載内容を決める際は最新のガイドラインをご確認ください。
アプローチ3:価値から考える
原価と相場は「いくらまでなら下げられるか」「周りはいくらか」を教えてくれますが、そのメニューが患者にとってどれだけの価値かは教えてくれません。
- その処置を受けることで、患者は何を得るのか
- 受けなかった場合、患者はどうなるのか
- 他で受けられるのか、自院でしか受けられないのか
自院にしかない専門性や機器、医師の経験に裏打ちされたメニューであれば、相場より高い設定にも根拠が生まれます。逆に、どこでも受けられるものを相場より高くするのは難しい。
実務的には、原価で下限を決め、相場で幅を把握し、価値で最終的な位置を決めるという順番が扱いやすいはずです。
| アプローチ | わかること | 限界 |
|---|---|---|
| 原価積み上げ | 赤字にならない下限 | 患者が払う気になるかは不明 |
| 相場 | 患者が比較する水準 | 自院の原価構造を反映しない |
| 価値 | 高く設定できる根拠 | 主観に流れやすい |
値付けの実務で押さえる論点
消費税の扱い。 社会保険診療は非課税ですが、自由診療は原則として課税対象です。価格を決めるときは、税込でいくらにするのかを最初に決めます。消費者向けの価格表示では税込の総額表示が求められるため、院内掲示やWebサイトの記載もこれに沿った形にします。判断に迷う項目は顧問税理士にご確認ください。
メニュー構成(松竹梅)。 単一価格より、複数の選択肢があるほうが患者は選びやすくなります。標準・上位の2〜3段階を用意すると、比較の基準が院内で完結します。
コース・回数券。 まとめ買いによる割引は客単価を上げますが、前受金の管理が必要になります。会計処理と残回数の管理をどう行うかは、価格設計と同時に決めておくべき論点です。
価格改定の設計。 原価は上がります。人件費も材料費も上がる前提で、改定のタイミングと告知方法をあらかじめ決めておくと、改定時の心理的負担が減ります。既存のコース契約者をどう扱うかも先に決めておきます。
保険診療との併存の説明。 同じような処置に保険適用のものと自費のものが並ぶ場合、患者への説明が必要になります。制度上、保険診療と自由診療を同一の診療で併用することは原則できません(保険外併用療養費制度による例外はあります)。運用の整理は 保険診療と自由診療の会計を分ける実務 で扱っています。
値付けを「勘」から「データ」に変える
一度決めた価格が正しかったかどうかは、運用してみないとわかりません。だからこそ、決めた後に検証できる状態にしておくことが重要です。
見るべき数字は次のとおりです。
- メニュー別の実施件数:想定と比べてどうか
- メニュー別の粗利:価格 − 直接原価
- 時間あたり粗利:診療枠を占有する価値があるか
- リピート率・継続率:一度きりか、続くか
- 保険診療も含めた患者あたりの価値:自費だけを見ると全体像を見誤る
これらが取れるかどうかは、システム構成に依存します。自費の売上が電子カルテの外にある別システムに貯まっていると、メニュー別採算も、保険と自費を合わせた患者あたりの価値も見えません。値付けを検証しながら改善していくには、保険と自費が同じ基盤で扱われていることが前提になります。
ポテックが開発する「AIカルテ」は、自費メニューの料金設定や会計に対応し、保険診療と一元管理できる設計としています。詳細は レセプトデータ×電子カルテデータで実現する経営分析 もあわせてご覧ください。
まとめ
- 保険診療は価格が国に定められているため、多くのクリニックには値付けの経験がない
- 原価で下限を決め、相場で幅を把握し、価値で最終的な位置を決める、という順番が扱いやすい
- 判断の中核は時間あたりの粗利。診療枠を占有する以上、既存診療の時間あたり粗利を下回るメニューは成立しない
- 自由診療は原則課税。税込での価格決定と総額表示を前提にする
- コース・回数券は客単価を上げるが前受金の管理が必要になる
- 値付けは一度で当たらない。メニュー別採算とリピート率を検証できる基盤があって初めて改善できる
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