在宅医療は、需要の先行きがこれほど明確な領域はほかにないという特異な市場です。
厚生労働省の将来推計によれば、75歳以上の訪問診療の需要は2020年から2040年にかけて43%増、うち85歳以上に限れば62%増と見込まれています。在宅患者数は多くの地域で今後増加し、237の二次医療圏で2040年以降にピークを迎えるとされます。死亡数も2040年まで増え続け、ピーク時には年間約170万人に達する見込みです。
需要予測がここまではっきりしている以上、在宅医療の経営課題は「患者が集まるか」ではありません。増え続ける需要に対して、供給側の体制が持つかどうかです。そして2026年度診療報酬改定は、まさにこの供給体制の質を評価軸に据えました。
1. マクロ環境 — 需要は確実、供給は薄い
日本医師会総合政策研究機構の「第3回 診療所の在宅医療機能に関する調査」(2025年)は、在宅医療の供給側の実像を示しています。調査に回答した1,403施設のうち、在宅医療を提供していたのは1,183施設でした。
2025年3月の実績で見ると、1施設あたりの在宅療養患者数は平均23.6人、訪問回数は平均58.3回。そして注目すべきは医師数です。
| 区分 | 1施設あたり医師数(平均) |
|---|---|
| 全体 | 1.9人 |
| 機能強化型(単独型) | 5.8人 |
| 機能強化型(連携型) | 3.1人 |
| 従来型 | 1.3人 |
| 在支診の届出なし | 1.1人 |
在宅医療の大半は、医師1〜2人の体制で回っています。 機能強化型(単独型)の5.8人と、従来型の1.3人。この差が、24時間対応や重症対応の実現可能性をそのまま分けます。
在宅療養支援診療所(在支診)として届出をしている施設は73.4%。患者の年齢構成は**85歳以上が約65%**を占めます。
供給側が挙げる課題は、患者ではなく体制
同調査で挙がった主な課題は、需要の話ではありませんでした。
- 医師の高齢化:44.1%
- 24時間対応体制の確保:35.2%
- 医師の確保:34.1%
上位3つがすべて「人」の問題です。在宅医療は24時間365日の応答責任を、少人数の医師で引き受けるという構造を持っています。需要が増えても、この制約が外れない限り供給は増えません。在宅医療の経営とは、集患ではなく体制を維持し続ける設計の話である、という点が他科と決定的に違います。
終末期対応については「可能な範囲で実施」52.0%、「積極的に実施」37.7%。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)には61.3%が取り組んでいます(積極的14.4%、可能な範囲46.9%)。
2026年度改定 — 「量から質へ」の線が引かれた
この構造に対して、2026年度改定は明確な方向性を示しました。
最大の変更は、在宅時医学総合管理料(在医総管)・施設入居時等医学総合管理料の「月2回以上訪問」区分に、重症患者割合20%以上という要件が入ったことです。訪問件数を積み上げるだけでは、月2回以上の管理料は算定できなくなりました。
同時に、在宅医療充実体制加算が新設されました。従来の在宅緩和ケア充実診療所・病院加算を再編し、緩和ケアに限らず重症・看取り・小児在宅を含む提供体制全体を評価するもので、単一建物診療患者1人の場合で400点から800点へ引き上げられたとされています(要一次確認)。ただし対象は緊急往診・看取りの実績要件を満たす機能強化型在支診のみです。
つまり改定は、先ほどの医師数の表にあった差をそのまま点数の差に翻訳しました。 体制を作れている側にはより厚く、作れていない側には要件の壁を置く。これが今回の設計です。
詳細は「在宅医療の2026年度診療報酬改定」で扱っています。
2. 新規開業クリニックの特徴
第一に、初期投資が外来開業より軽いという点です。在宅専門であれば診察室・待合室・大型検査機器が不要で、必要なのは事務所機能・移動手段・携行機器・情報システムです。テナント面積も小さく済みます。外来開業と比べたときの参入障壁の低さは、在宅専門クリニックが増えてきた背景のひとつです。
第二に、損益分岐が「患者数×訪問頻度」で読みやすい点です。在医総管を軸としたストック型収益であるため、外来のような日々の来院変動に左右されにくく、事業計画が立てやすい構造を持ちます。一方でこれは、在医総管の算定要件が変われば収益が直撃されるということでもあります。今回の重症患者割合要件が、まさにその実例になりました。
第三に、開業初期の24時間対応をどう設計するかが最大の論点になります。1人医師で始める場合、オンコールは常時自分に来ます。連携型機能強化型在支診として他院と組む、訪問看護ステーションとの連携を厚くする、といった設計を開業時点で決めておかないと、体制が先に限界を迎えます。 調査で「24時間対応体制の確保」が課題の2位に挙がるのは、この問題が開業後ずっと続くためです。
第四に、モバイル前提の情報システム設計です。在宅医療の業務時間の相当部分は移動と訪問先での記録に費やされます。事業所に戻ってからまとめて入力する運用は、そのまま残業になります。開業時からタブレット・スマートフォンで記録が完結する設計にしておくかどうかで、数年後の労働時間が変わります。
3. 在宅医療特有の収益構造
在宅の収益は、「管理料というストック」「訪問診療料というフロー」「実績に応じた加算」の三層で捉えると整理しやすくなります。
在医総管・施設総管(ストック)
収益の中核です。患者ごとに月単位で発生し、訪問回数の区分・単一建物診療患者数・重症度によって点数が変わります。患者数が積み上がるほど安定するストック型であり、在宅医療の事業計画が読みやすい理由でもあります。
裏返せば、今回の重症患者割合要件のように算定区分そのものに要件が入ると、収益構造が一度に動きます。
訪問診療料・往診料(フロー)
訪問の実施に対して発生します。単一建物診療患者数によって点数が変わるため、施設への訪問と個人宅への訪問では収益性の構造が異なります。緊急往診は実績として加算の要件にも効いてきます。
実績に応じた加算(体制の対価)
在宅医療充実体制加算、看取り関連、24時間対応体制——これらは日々の記録の集計結果が要件を満たすかどうかで決まります。ここが在宅医療の特徴的な点で、「良い医療をしたか」ではなく「良い医療をした記録が残っているか」が算定可否を分けます。
施設系と個人宅系のミックス
同一建物の患者を何人診ているかで点数が変わるため、施設中心か個人宅中心かは収益構造をまったく違うものにします。今回の改定では訪問診療患者数のカウント方法に緩和が入り(単一建物診療患者2人以上の点数を算定する患者と月1回訪問の患者は70人を上限に0.5人として計算)、施設系の患者を持つ医療機関では常勤換算医師1人当たりの患者数の計算結果が変わります。
4. 多職種連携という「収益要件」
在宅医療が他科ともっとも違うのは、連携が善意ではなく算定要件になっている点です。
訪問看護ステーション、薬局、ケアマネジャー、訪問リハビリ、福祉用具、そして家族。在宅患者1人を支える関係者は外来診療とは比較にならない人数で、しかもそれぞれ別の法人・別のシステムにいます。
2026年度改定は、この連携をさらに点数で評価する方向に進みました。訪問看護側に訪問看護医療情報連携加算が新設され、ICTで多職種が記録した情報を確認しながら計画的な管理を行うことが評価されます。医師側にも同様の連携評価があり、さらに訪問診療薬剤師同時指導料(医師と薬剤師が同時に訪問して服薬指導)が新設されました。
加えて、2026年4月から介護情報基盤の運用が始まり、電子カルテ情報共有サービスも全国展開を控えています。在宅医療は制度側の情報連携基盤が最初に効いてくる領域です。
連携の実務は「訪問看護・薬局・ケアマネと繋がる|在宅医療の多職種連携システム」、介護側の基盤は「介護DXとは?介護情報基盤とLIFE・ケアプラン連携」で扱っています。
5. 経営上の示唆
在宅医療の経営を一言でまとめるなら、**「需要を取りに行く経営」ではなく「体制を維持し、実績を証明し続ける経営」**です。
- 需要は心配しなくてよい。体制を心配する。 訪問診療需要は2040年に向けて43〜62%増。制約は常に供給側にあります。
- 重症患者割合は月次で見る数字になった。 年度末に集計して判明する指標ではありません。毎年2月・5月・8月・11月の確認が制度上の節目です。
- 加算は「やったこと」ではなく「残した記録」で決まる。 緊急往診・看取り・意思決定支援・情報共有——いずれも記録が届出の根拠になります。
- 1人医師体制のままスケールはしない。 機能強化型(単独型)5.8人と従来型1.3人の差は、そのまま算定できる加算の差になりました。連携型で組むか、人を増やすか、規模を選ぶかの三択です。
- 記録の負荷を下げることが、そのまま体制の持続性になる。 医師の高齢化が課題の1位に挙がる領域で、事務作業に時間を取られる構造は放置できません。
6. AIカルテはこの課題にどう効くか — 機能単位で見る
在宅医療の課題は、突き詰めると**「少人数で、移動しながら、増え続ける記録要件に応える」**という一点に収束します。ポテックのAIカルテがどう支えるのか、機能ごとにご紹介します。
機能1:モバイル・オフライン対応 — 訪問先で記録を終わらせる
タブレット・スマートフォンで、通信が不安定な環境でも記録を継続できます。
在宅医療の記録は、書く場所と時間が構造的に足りません。 移動の合間、患者宅の玄関先、車内。事業所に戻ってからまとめて入力する運用は残業になり、記憶が薄れた分だけ記録の精度も落ちます。
そして今回の改定で、残すべき記録はさらに増えました。重度認知症患者への意思決定支援、関係機関との情報共有、緊急往診——これらは算定と届出の根拠そのものです。その場で残せるかどうかが、算定できるかどうかに直結します。
機能2:AI音声入力・SOAP自動生成 — 移動時間を記録時間に変える
診察の会話から、AIがSOAP形式のカルテを自動生成します。
在宅医療では、訪問と訪問のあいだに必ず移動が発生します。ここを記録時間に変換できるかどうかは、1日の総労働時間に直接効きます。音声で残した内容がSOAPとして構造化されれば、戻ってからの入力作業そのものがなくなります。
医師の高齢化が最大の課題に挙がる領域で、キーボード入力を前提にしない設計の意味は小さくありません。
機能3:経営分析ダッシュボード — 重症患者割合と実績要件を常時可視化
来院実績・患者単価・月次推移を自動集計し、可視化します。
重症患者割合20%は、月末に集計して知る数字であってはいけないタイプの指標です。訪問診療料を月2回以上算定している患者数と、そのうち重症・包括的支援加算対象の患者数——どちらもカルテの中にあります。
同じことが在宅医療充実体制加算の緊急往診件数・看取り件数にも言えます。実績要件を満たしているかどうかは、日々の記録の集計結果にすぎません。基準を割りそうな局面を事前に知れることが、この改定下での最大の防御です。
機能4:文書作成 — 訪問計画書・指示書・報告書を記録から起こす
患者情報をもとにAIが医療文書を自動生成し、テンプレート登録により自院の様式を保ったまま出力できます。
在宅医療は書類業務の総量が多い領域です。訪問診療計画書、訪問看護指示書、診療情報提供書、居宅療養管理指導の報告——いずれも毎月・定期的に発生する定型業務で、内容の大半はすでにカルテに書かれています。
同じ情報を様式を変えて書き直す作業を減らせるかどうかが、少人数体制で診られる患者数の上限を決めます。詳しくは「訪問計画書・指示書をAIが自動作成」をご覧ください。
機能5:会計・レセプト管理 — 在宅特有の算定分岐を止める
自動算定エンジンが包括・背反・回数制限をチェックし、算定可否を自動判定します。
在宅の算定は分岐が多く、しかも患者ごと・月ごとに変わります。在医総管と施設総管の使い分け、単一建物診療患者数による点数変動、月1回訪問と月2回以上訪問の区分。今回の改定では、訪問看護医療情報連携加算と在宅患者連携指導加算・在宅医療情報連携加算の併算定不可という関係も加わりました。
人の記憶で管理する項目が増えるほど、算定漏れと査定が同時に増えます。算定実務の考え方は「在医総管の算定漏れを防ぐ」で詳しく扱っています。
機能6:外部連携・API — 多職種と制度基盤の両方につなぐ
OAuth2ゲートウェイ、MCPサーバー、HAPI FHIRに対応し、外部システムと連携できます。
在宅医療の連携相手は、別法人・別システムにいます。訪問看護ステーション、薬局、ケアマネジャー。そして2026年以降は介護情報基盤と電子カルテ情報共有サービスが加わります。
ICT連携が点数として評価される段階に入った以上、連携の手間を下げることは、そのまま算定できる加算の幅につながります。
機能7:スケジュール・ルート管理 — 移動そのものを設計対象にする
訪問スケジュール、ルート、同行スタッフを一元管理できます。
在宅医療の生産性は、診療時間だけでなく移動時間で決まります。 1日に何件回れるかは、患者の分布とルートの組み方に左右されます。急な往診が入ったときに、その日の残りをどう組み替えるか。オンコール当番と訪問予定をどう突き合わせるか。
これらは「訪問スケジュール・ルート・同行管理を一元化する在宅医療のDX」で詳しく扱っています。
出典(主要)
- 日本医師会総合政策研究機構「第3回 診療所の在宅医療機能に関する調査(2025年)」 https://www.jmari.med.or.jp/result/working/post-5055/
- 厚生労働省「在宅医療と介護の連携体制の構築に向けて(医政局地域医療計画課)」 https://zaitakupf.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67729.html
- 京都府保険医協会「【重要】2026年度改定における在宅時医学総合管理料の届出について」 https://healthnet.jp/informations/informations-53792/
- メディヴァ「令和8年度(2026年度)診療報酬改定③|在宅医療・訪問看護の『質と効率性』が問われる時代へ」 https://mediva.co.jp/report/revision/19198/
- GemMed「2026年度診療報酬改定の関連通知等を訂正、疑義解釈で示された『在宅医療の基準緩和』など」 https://gemmed.ghc-j.com/?p=74354