自費メニューを広げていくと、多くのクリニックが「10回コース」「5回券」といったまとめ売りにたどり着きます。客単価が上がり、継続来院が見込め、入金が前倒しになる——経営上のメリットは明確です。
しかし同時に、保険診療の会計にはなかった論点が持ち込まれます。お金を受け取った時点と、役務を提供する時点がずれるという問題です。本記事では、回数券・コース契約をどう管理すべきかを整理します。
免責:本記事は一般的な情報提供です。会計処理・消費税の取り扱い・関連法令は改定され得ます。実務では必ず最新の一次情報(国税庁・消費者庁等)および顧問税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
自費メニューの価格設計そのものは 自費診療メニューの価格設定の考え方 で扱っています。
基本:販売した時点では「売上」ではない
まず押さえるべき原則です。回数券やコースを販売した時点で受け取ったお金は、その時点では売上ではありません。
会計上は前受金——つまり負債として扱います。まだ役務を提供していない以上、患者に対して「これから提供する義務」を負っている状態だからです。そして患者が実際に来院してサービスを受けるたびに、その分を前受金から売上に振り替えていきます。
10回コース10万円を販売 → 前受金 10万円(負債) 1回消化 → 売上 1万円/前受金 9万円 全10回消化 → 売上 10万円/前受金 0円
消費税も同様です。自由診療は原則として課税対象ですが、課税されるタイミングは販売時ではなく、役務を提供した時点です。販売月にまとめて課税されるわけではありません。
この処理を怠り、販売時に全額を売上として計上してしまうと、売上が実態より前倒しで大きく見え、その後の月の売上が実態より小さく見えます。経営判断の土台となる月次の数字が歪むことになります。
管理すべき情報は「残回数」だけではない
回数券の管理というと残回数の把握が思い浮かびますが、実務で必要な情報はもう少し多岐にわたります。
- 患者ごとの購入履歴:いつ、どのコースを、いくらで購入したか
- 残回数:あと何回使えるか
- 有効期限:いつまで使えるか
- 消化履歴:いつ、誰が対応して消化したか
- 前受金残高:院全体で、未提供の義務がいくら残っているか
最後の項目は特に重要です。院全体の前受金残高は、まだ果たしていない債務の総額です。この金額を把握していないと、経営状態を実態より良く見誤ります。
現場で起きがちな問題
多くのクリニックで、この管理は電子カルテの外で行われています。よくある形は次のとおりです。
- 紙の回数券:患者に渡し、来院時にハンコを押す。紛失時の対応が曖昧になり、残回数の院内記録がない
- Excel台帳:担当者が手入力。更新漏れが起き、その担当者が休むとわからなくなる
- POSレジ側だけで管理:カルテ側から残回数が見えず、診察室で「あと何回でしたか」に答えられない
いずれも、属人化とカルテとの分断という同じ問題に行き着きます。診察の場で残回数がわからない、月次で前受金残高が集計できない、患者から問い合わせがあるとその場で答えられない——こうした状態は、メニューが増えるほど負担が重くなります。
| 管理方法 | 残回数の即時確認 | 前受金残高の集計 | 属人化リスク |
|---|---|---|---|
| 紙の回数券 | 患者の持参が前提 | 実質不可能 | 高い |
| Excel台帳 | 担当者に確認が必要 | 手作業で可能 | 非常に高い |
| POS側で管理 | 診察室からは見えない | POS内でのみ可能 | 中 |
| カルテと一体 | 診察画面で即座に確認 | 自動集計 | 低い |
未消化分・有効期限をどう扱うか
有効期限を設けた場合、期限切れで未消化の分をどう処理するかという論点が出てきます。
会計上は、役務提供の義務が消滅した時点で前受金を取り崩し、収益として計上することになります。ただしその時期や処理の詳細は個別の契約内容によって判断が分かれ得るため、顧問税理士にご確認いただくのが確実です。
運用面では、次を事前に決めておくとトラブルを防げます。
- 有効期限を設けるか、設けるなら何か月か
- 期限が近づいた患者へ通知を行うか
- 期限切れ後に延長や再開を認めるか、その条件は何か
これらを契約時に書面で明示しておくことが、後の紛争予防になります。
中途解約・返金——美容医療では法律上の論点がある
患者から「残りの回数を返金してほしい」と言われたとき、どう対応するか。これは運用の問題であると同時に、法律上の問題でもあります。
ここで押さえておくべきなのが、**特定商取引法の「特定継続的役務提供」**です。美容医療は、契約期間が1か月を超え、かつ契約金額が5万円を超える場合、この規制の対象になります。対象となった場合の主な効果は次のとおりです。
- クーリング・オフ:契約書面を受け取った日から8日間は、理由を問わず無条件で解約できる
- 中途解約:契約期間内であれば、患者は理由を問わず中途解約できる。事業者が請求できる解約料には上限が定められている
- 関連商品:美容を目的とする医薬品・医薬部外品などの関連商品も、あわせて解約の対象になり得る
- 書面交付義務:契約前・契約時に、法定の事項を記載した書面を交付する必要がある
つまり美容医療の分野では、「返金には応じない」という院内ルールを一方的に定めても、法律上は通らない場合があるということです。該当し得るメニューを扱うなら、契約書面の様式と解約時の精算方法を、あらかじめ専門家と整えておくことをおすすめします。
なお、特定継続的役務提供として指定されているのは特定の業種・役務に限られます。自院のメニューが該当するかどうかは個別の判断になりますので、弁護士等にご確認ください。
電子カルテでどう扱うべきか
ここまでの論点を踏まえると、回数券・コース契約に必要なシステム要件は次のように整理できます。
| 要件 | 理由 |
|---|---|
| 商品としてのコース登録 | 価格・回数・有効期限を院側で設定できる必要がある |
| 前受金としての計上 | 販売時に売上計上してしまうと月次が歪む |
| 消化のたびの売上振替 | 消費税の課税時期とも一致させる必要がある |
| 診察画面からの残回数確認 | 診察の場で患者に答えられなければ運用にならない |
| 前受金残高の自動集計 | 院全体の未提供債務を把握するため |
| 中途解約時の精算 | 法令上の要請に応えられる形で処理する必要がある |
| 保険診療との一元管理 | 同じ患者の情報として扱えなければ全体像が見えない |
重要なのは、これらが保険診療の会計とは別の設計思想を必要とするという点です。レセコンは「診療した日に会計が確定する」前提で作られているため、入金と役務提供がずれる取引をそのまま扱うことができません。この構造的な問題は クリニックの会計機能にイノベーションが必要な理由 で詳しく整理しています。
ポテックが開発する「AIカルテ」は、自費メニューの料金設定や会計に対応し、保険診療と一元管理できる設計としています。コース契約や前受金の運用が自院の要件に合うかは、個別にご確認いただくことをおすすめします。
まとめ
- 回数券・コースの販売代金は、販売時点では売上ではなく前受金。消化のたびに売上へ振り替える
- 消費税の課税時期も役務提供時。販売時に全額を計上すると月次の数字が歪む
- 管理すべきは残回数だけでなく、有効期限・消化履歴・院全体の前受金残高
- 紙やExcel、POS単独での管理は属人化とカルテとの分断を招く
- 美容医療は契約期間1か月超・金額5万円超で特定商取引法の特定継続的役務提供に該当し、クーリング・オフ8日間と中途解約権、解約料の上限、書面交付義務が生じる
- 必要なのは、入金と役務提供のずれを前提にした会計設計——レセコンの延長では扱えない
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