「選定療養(せんていりょうよう)」は、差額ベッド代や紹介状なしで大病院を受診したときの定額負担など、患者が実際に支払う場面で現れる言葉です。2024年10月に長期収載品が対象に加わったことで、クリニックにとっても身近な制度になりました。
選定療養とは、ひと言でいえば患者が自ら選んだ「上乗せ」の部分だけを自己負担する仕組みです。基礎的な医療は保険給付を受けたまま、追加のサービスについてのみ患者が支払います。
本記事では、なぜこの仕組みが必要なのか、他の類型とどう違うのか、何が対象になるのか、そして院内でどう運用するのかを整理します。
免責:本記事は一般的な情報提供です。対象項目や金額の要件は告示・通知の改正により変わります。運用にあたっては厚生労働省の最新の告示・通知をご確認ください。
選定療養とは——「混合診療の禁止」の例外
理解の出発点は、日本の公的医療保険が混合診療を原則として禁止しているという点です。
混合診療の禁止とは、「保険が使える診療」と「保険が使えない診療」を同一の疾病・負傷に対する一連の診療で併用した場合、その診療全体が保険給付の対象外になるという考え方です。禁止といっても罰則があるわけではなく、保険が効かなくなるという形で作用します。
しかし、これを厳格に適用すると不都合が生じます。個室を希望しただけで入院費の全額が自己負担になるのでは、患者の選択肢が事実上失われます。
そこで例外として設けられているのが保険外併用療養費制度です。あらかじめ定められた範囲であれば、基礎的部分は保険給付、上乗せ部分は自己負担という併用が認められます。選定療養は、この制度の一類型です。
混合診療のルールと会計上の扱いは 保険診療と自由診療の会計を分ける実務 で詳しく扱っています。
3つの類型——評価療養・患者申出療養・選定療養
保険外併用療養費制度には3つの類型があります。目的が違うため、混同すると運用を誤ります。
| 類型 | 目的 | 例 |
|---|---|---|
| 評価療養 | 将来的な保険導入の可否を評価する段階の療養 | 先進医療、医薬品・医療機器の治験に係る診療、薬事承認後で保険収載前の使用 など |
| 患者申出療養 | 患者からの申出を起点に、未承認薬等の使用の可否を個別に検討する仕組み | 患者の申出に基づき実施が認められた療養 |
| 選定療養 | 患者が特別なサービスや選択を希望した場合の上乗せ | 差額ベッド、時間外診療、予約診療、大病院の初診・再診時の定額負担、長期収載品の選択 など |
決定的な違いは保険導入を前提としているかです。
評価療養と患者申出療養は、将来的な保険適用を視野に入れています。 有効性・安全性のデータを集める段階であり、いずれ保険収載されうるものです。
選定療養は、保険導入を前提としていません。 快適性や利便性、患者の選好にかかわる部分であり、公的保険で支えるべき「必要な医療」とは性質が異なるという整理です。だからこそ、患者が選ばなければ発生しないという構造になっています。
何が選定療養の対象になるか
告示で定められた範囲に限られます。主なものは次のとおりです。
療養環境・利便性に関するもの
- 特別の療養環境の提供(差額ベッド代) — 個室や少人数病室を患者が希望した場合
- 予約に基づく診察(予約診療) — 予約料を徴収する場合
- 保険医療機関が定める時間以外の診察(時間外診療) — 患者の都合による時間外受診
大病院の受診に関するもの
- 紹介状なしで受診した場合の定額負担 — 特定機能病院や一定規模以上の地域医療支援病院、紹介受診重点医療機関などが対象。初診・再診それぞれに最低金額が定められています
医療内容の選択に関するもの
- 長期収載品の選択 — 医療上の必要性なく先発品を希望した場合(2024年10月〜)
- 制限回数を超える医療行為 — 算定回数に上限がある検査・リハビリ等を、上限を超えて患者が希望した場合
- 180日を超える入院
歯科に関するもの
- 前歯部の金属歯冠修復に使用する材料の選択
- 金属床総義歯の選択
- う蝕に罹患している患者の指導管理
このうちクリニックの日常業務に最も関わるのは、長期収載品の選択・予約診療・時間外診療の3つです。長期収載品については 長期収載品とは?選定療養の対象範囲と窓口負担 で詳しく扱っています。
料金の性格——保険外で、課税される
選定療養として徴収する「特別の料金」には、押さえておくべき性質が3つあります。
全額が患者負担です。 保険給付の対象外であり、高額療養費の計算にも含まれません。患者にとっては、月の医療費が上限に達していても別途発生する費用です。
消費税が課税されます。 保険給付は非課税ですが、選定療養として徴収する部分は保険外のサービス対価にあたるため課税対象になります。会計上、保険分とは課税区分が異なるという点が実務に効きます。
金額は医療機関が定めます。 一部の項目(大病院の定額負担など)には下限が定められていますが、多くは医療機関が設定します。ただし自由に決めてよいわけではなく、社会的にみて妥当な範囲であることが前提です。
院内での実務——掲示・説明・同意・会計
選定療養を実施するには、手続き上の要件を満たす必要があります。金額の設定だけでは足りません。
院内掲示。 選定療養の内容と金額を、患者にわかる場所に掲示します。ウェブサイトでの公開も求められる場合があります。掲示していない項目について料金を徴収することはできません。
事前の説明と同意。 患者に対して内容と金額を事前に説明し、同意を得る必要があります。差額ベッドのように、書面による同意が明確に求められる項目もあります。同意を得ないまま徴収すると、返還を求められる可能性があります。
領収書の発行。 選定療養として徴収した費用は、保険診療分と区分して記載した領収書を発行します。金額を合算した領収書では要件を満たしません。
カルテ記載。 会計だけでなく、診療録上でも選定療養に該当する判断とその根拠が説明できる状態にしておきます。指導・監査の場面で問われるのは記録です。
院内ルールの文書化。 どの項目を選定療養として扱い、どういう場合に徴収しないのか。スタッフによって説明が変わると患者の不信につながります。
差額ベッドで特に注意が必要な点
差額ベッド代は、患者が希望していない場合には徴収できません。次のようなケースは徴収の対象外とされています。
- 同意書による確認を行っていない場合
- 治療上の必要により特別療養環境室に入院させた場合
- 病棟の満床など医療機関側の都合による場合
「空いている部屋がそこしかなかった」という理由で徴収することはできません。患者の選択があったかどうかが判断の軸です。
よくある誤解
「選定療養は自由診療の一種である」。 違います。自由診療は診療全体が保険外ですが、選定療養は保険給付を受けながら上乗せ部分だけを自己負担する仕組みです。基礎的部分には保険が効いています。
「医療機関が決めれば何でも選定療養にできる」。 できません。対象は告示で定められた項目に限られます。独自のサービスに料金を設定しても、それは選定療養ではなく自由診療の扱いになります。
「掲示しておけば同意は不要」。 掲示と同意は別の要件です。掲示していても、個別の説明と同意がなければ徴収の前提を欠きます。
「高額療養費の上限に達していれば発生しない」。 選定療養の特別の料金は保険外のため、高額療養費の計算に含まれません。上限に達していても別途発生します。
「選定療養は大病院だけの話」。 長期収載品の選択、予約診療、時間外診療はクリニックでも発生します。
システムに求められること
選定療養を扱ううえでシステムに必要なのは、分けたうえでつなぐという設計です。
会計を分離できること。 保険分と選定療養分を別の科目として扱い、課税区分も分けて処理できる必要があります。合算しか扱えないと、領収書の要件を満たせません。
同じ患者・同じ受診の下でつながること。 分けるために別システムを使うと、今度は患者単位で履歴が追えなくなります。同一の基盤の上で区分するのが要件です。
金額の変更に追従できること。 長期収載品のように薬価改定で金額が変わる項目は、マスタ更新で反映される必要があります。手計算に落ちると改定のたびに窓口が止まります。
自費メニュー全般の価格設計の考え方は 自費診療メニューの価格設定の考え方 を参照してください。
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まとめ
- 選定療養とは、患者が選んだ上乗せ部分だけを自己負担する仕組み
- 背景には混合診療の禁止があり、その例外が保険外併用療養費制度
- 3類型のうち、評価療養・患者申出療養は保険導入を視野に入れるが、選定療養は前提としない
- 対象は告示で定められた項目に限定され、医療機関が自由に追加することはできない
- 特別の料金は全額患者負担・消費税課税・高額療養費の対象外
- 実務要件は院内掲示・事前の説明と同意・区分した領収書・カルテ記載の4点
- 差額ベッドは、医療機関都合や治療上の必要による場合は徴収できない
- クリニックで身近なのは長期収載品の選択・予約診療・時間外診療
- システム要件は「分けつつ、つなぐ」——会計は分離し、患者単位ではつながっていること
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